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神戸地方裁判所 昭和47年(ワ)476号 判決

原告

岡野計政

被告

大阪ジエツトヒユエル運送株式会社

ほか一名

主文

被告等は各自原告に対し金六、九〇〇、三一七円及び内金六、二八〇、三一七円に対する被告会社については昭和四七年六月二日以降、被告金子に対しては同年七月一日以降各完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分しその一を原告、その余を被告等の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

原告 被告等は各自原告に対し、金一〇、九五九、〇〇〇円並びに内金一〇、三五九、〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

仮執行宣言

被告等原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(原告の請求原因)

一  事故の発生

昭和四五年一月五日神戸市長田区東尻池八丁目一番地先路上で被告金子運転のタンクローリー(神8き832)が西から東に進行中、右道路を北から南の安全地帯に向け横断中の原告を跳ね、更に前輪で右足を轢過した。

二  被告等の責任

(一)  被告会社は右タンクローリーを保有し自己の運行の用に供していた。

(二)  本件事故は前記の如く安全地帯に向けて横断中の原告を看過し発進した被告金子の前方不注視、安全運転義務違反等の過失により発生した。

三  損害

原告は本件事故により右大腿骨骨折、右膝関節挫傷(関節内血腫)の傷害を蒙り、飯尾病院に同四五年一月五日から同四六年三月二五日迄四五六日間入院し、同四六年三月二五日から同年八月二四日迄(治療実日数九日)通院を余儀なくされた。

(一)  治療費 二、一二九、三三六円

飯尾病院に支払うべき治療費は二、一二九、三三六円である。

(二)  マツサージ代 一一三、八三〇円

同四五年四月三日より同四六年三月二六日迄の間柔道整復師萩原広雄よりマツサージを受けその治療費は一一三、八三〇円である。

(三)  得べかりし利益の喪失

(1) 休業損害

原告は小児麻痺に罹つたことのある身体障害者であるが、不自由な右半身も右上肢下半分は正常であり右足もその用を全廃しておらず、生計をたてるため従前から友人、知人、店主の自動車に同乗させて貰い、保険外交、電気製品、中古車セールス等の商業を行つて収入を得ていたところ、事故前は友人の栗山左官屋で仕事の請負交渉、下手伝等を行つて日当二、〇〇〇円を得、月収は五〇、〇〇〇円は下らなかつた。しかるに本件事故により事故当日から同四六年八月二四日迄一九ケ月間にわたり合計九五〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

(2) 労働能力喪失による損害

原告は前記の通り事故前から両側上肢及び右下肢弛緩性麻痺の障害があつたが、松葉杖等の補助用具を使用することなく歩行は勿論荷物をかついでの歩行も可能であり又関節についても屈曲範囲は正常であり、日常生活は不自由さはあつたが全て自力で可能であつた。

しかるに本件事故による傷害の結果、右下肢三大関節中の中大関節が固定し、而も当該関節に変異が残つているため自力で立上ることも不能となり、多くの日常生活は他人の介護なしには不可能となつた。右のように原告は本件事故による傷害前と、その後とでは、日常生活において受ける制約の度合は著しく異ることになつたが、以前との比較においてその労働能力の喪失は、労災補償保険所定後遺障害等級八級に該る五〇%である。そして原告は当時三五才、就労可能年数二八年であるから、ホフマン式計算法により中間利息を控除し労働能力喪失による逸失利益の現在値を求めると、五、一六六、三〇〇円となる。

(四)  慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

(五)  弁護士費用 七五〇、〇〇〇円(内着手金一五〇、〇〇〇円)

四  被告等は過失相殺を主張するが、その主張事実は否認する。

原告は安全地帯に渡ろうとしていたもので、安全地帯に渡るには横断歩道を使用することはできないから、原告が横断歩道を渡らなかつたことに過失なく、又原告は信号が青であり、車両が停止しているのを確認して、停車している事故車とその先行車の三米の間隙を横断していたものであるから、原告の身長は一米六二糎で背丈としてやや低いからと言つて、原告が事故車の死角に入り事故車から見ることができない筈はない。本件事故は被害金子の前方不注視の過失により惹起されたものである。

五  以上の次第で原告は被告等に対し、右損害金合計一〇、九五九、〇〇〇円及び着手金を除く弁護士費用を控除した内金一〇、三五九、〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日から完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告等の答弁並びに主張)

一  原告主張一の事実は、その主張日時、場所で事故車が原告の右足を轢いたことは認めるが、その余は不知。

二は認める。

三は不知。

二  過失相殺

(一)  本件事故現場は別紙図面記載の通りの変形交差点内であり、事故現場のすぐ西側には軌道電車の安全地帯、一五米南方に東西の横断歩道があり、前記安全地帯と東側歩道迄は九・四米の間隔があり、信号機は別紙図面の通り設置されている。

右横断歩道正面の信号の表示は(イ)横断歩道の信号が青のときは、車両に対する信号は全て赤であり、(ロ)横断歩道の信号が赤になつても、南行に対する信号は赤である。但しその信号の下に青の左折矢印の信号が出る。(ハ)しばらくたつと、横断歩道の信号は赤のまま、南北信号が青に変る。尚南行車線の横断歩道手前で一時停止する車両のうち、南東の道路に向つて進行する車両は東側、南西の道路に向つて進行する車両はその西側で一時停止をする。

(二)  原告は右横断歩道から一五米程北側を東から安全地帯に行こうとして横断をはじめた。当時南行車線上には二列に並んで車両が停止していて、東側に一時停止していた車両が前記の青矢印の信号に従つて発進して了つた後に、青に変つた信号に従つて停止線のすぐ手前に停止していた訴外藤田某運転のタンクローリー車が発進、次にその後の小型トラツクが発進したので、その後続車である被告金子運転の事故車も之に追従し発進したところ、その直後被告金子は軽いシヨツクを感じ直ちに停車し下車したが、その場に右足を轢かれた原告を発見した。

従つて、原告は赤信号を無視し東から西に横断しようとしたものであり、而も事故車とその前車の狭い間に割り込んで来たものである。ところで事故車はタンクローリーであるため座席が高く、その直前に人が立つた場合運転手はその頭を僅かに見ることができるに過ぎない。しかも原告は身体障害者で背が低く事故車の直前に立つときは運転手席からは死角となり之を全然見ることができない。

結局原告の横断は信号を無視し、且事故車の直前を通ろうとした重大な過失がある。

三  損害について

(一)  原告は右半身麻痺の身体障害者であり、五万円の月収を得ていた筈はなく、又後遺障害による逸失利益、後遺症による慰藉料の算定についても、原告は以前から右足が小児麻痺で不自由であつて、本件事故による後遺症により一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したものとは認められず逸失利益慰藉料算定について原告主張障害等級を考慮することは不当である。

(二)  又傷害の治療期間についても、入院四五六日、通院一五二日(実日数九日)は、通常骨折による入院治療は六ケ月以内であるのに比し異常に長期間で、それは小児麻痺の既往症のためににほかならず、又通常一応治癒した後骨に入れられた金具を抜く迄の期間は通院期間で既に就労しているのが常であるところ、原告は継続して入院し退院をしていない。原告の治療期間として一年を超える部分は本件事故と相当因果関係はない。

四  被告等は看護料として五三二、八一八円を支払つているから過失相殺後損益相殺がなさるべきである。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  原告主張日時、場所で被告金子運転の事故車が原告の右足を轢過したこと、被告会社が本件事故車を所有し、運行の用に供していたことは当事者間に争がない。

二  事故の態様(過失相殺)

被告金子に前方注視義務違反の過失があつたことは当事者間に争がなく、右争のない事実と、〔証拠略〕によれば、

本件事故現場は別紙図面通りの変形交差点であり、東側歩道、横断歩道、安全地帯信号機の位置関係並びに信号の周期、信号と車両の進行の関係は、別紙図面記載の通りであること、被告金子は事故車を運転して本件事故現場交差点を右折すべく南進中、対面信号(別紙図面〈3〉の信号)が停止信号であつたので、安全地帯東側停止線北方約一五米の地点に安全地帯との間隔を約一米おいて先行車の後に停止したこと、そのうち、前記対面信号が左折矢印を示したので事故車の左側に停止していた左折車両は発進し、ついで対面信号が青となつたので、被告金子は先行車に続いて事故車を発進させたが、その直後人にあたつたように感じたので直ちに停車したところ、右前輪で原告の右足を轢過していたことを知つたこと、原告は東側歩道より安全地帯に赴くべく別紙図面〈4〉の信号が青であることを確認し横断をはじめ、停止中の事故車の直前にさしかかつた際事故車が発進を開始したため、右肩が事故車に衝突路上に倒れ右足を事故車右前輪で轢過されたこと、〈3〉の信号の周期は赤六二秒、青矢印二二秒、黄四秒、〈4〉の信号のそれは青三五秒、赤六一秒であること、原告は幼時小児麻痺に罹り、右下肢弛緩性麻痺、短縮四糎、能動運動不能、右膝関節反張膝で歩行速度は通常人に比較して著しく劣り、通常人の約三分の一とすると、通常人が東側歩道より前記完全地帯にわたるのには九・三米を約七・五秒で歩行するところ、原告は約二二・五秒を要すること、事故車運転台よりフロントミラーをみれば事故車前方を人が横切るのを認めることは容易であることが認められる。

右認定に抵触する原、被告本人尋問の結果は前記各証拠を比較対照するときはたやすく採用できない。

右事実によれば、原告は対面信号が青の終りに近ずいてから横断を開始したため、程なく対面信号が赤信号になつたものと推認すべきである。

ところで原告は前記の通り歩行速度が通常人に比較して相当劣つているのであるから、信号により交通整理のなされている交差点において、之を横断するにあたつても、自己の歩行能力を考慮にいれて横断をはかるべき注意義務が存するものと解するのが相当であるところ、原告は対面信号が青であることを確認したのみで、信号の周期に意を用うることなく、横断をはじめたことはその過失と言うべきでありその過失割合は原告三〇%被告七〇%とするのが相当である。

三  損害

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により右大腿骨骨折、右膝関節部内血腫の傷害を受け同四六年一月五日から同四七年三月二五日迄飯尾外科病院に入院、同年三月二六日から八月二四日迄同病院に通院(実治療日数九日)治療を受け、同年八月二四日右膝の屈伸不能(事故前右下肢弛緩性麻痺は存したが屈曲は他動的に可能であつた)の後遺障害を残し症状は固定し、右は労働者災害補償保険後遺障害等級八級「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃した」ものに該当することが認められる。被告等は右後遺障害等級認定は原告の先天的疾患を含むから不当であるとの趣旨の主張をしているが、右膝関節の屈伸不能は原告の右下肢弛緩性麻痺とは別個の後遺症であるからその主張は採用の限りでない。

(一)  治療費 二、一二九、三三六円

〔証拠略〕によれば、飯尾病院における治療費は二、一二九、三三六円であることが認められる。

尤も被告等は、原告の入院の長期化は原告の右下肢麻痺の素因が寄与しているから治療費は減額されるべきである旨主張し、証人飯尾卓造の証言によれば、前記のように長期の入院を要した原因は、原告の右下肢が麻痺していたため骨の発育が悪く、仮骨の形成が遅れたためであり、通常人(壮年)の場合、大腿頸部骨折にあつては六ケ月の入院、その後の通院六ケ月の治療で全治に至るのが通例であることが認められるが、他方治療期間の長期化は老人の場合稀ではないことも認めることができ、素因の寄与自体加害行為により生じたものであることを考慮すれば、本件のような場合右のような素因の寄与を治療費減額の事由とすることは公平の原則に鑑みても相当でない。

(二)  マツサージ代 一一三、八三〇円

〔証拠略〕によれば、飯尾医師の指示により入院期間中筋肉萎縮を防ぐためマツサージをなし、その代金として一一三、八三〇円を要したことが認められる。

(三)  逸失利益

(1)  休業損害 八六五、三三三円

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故前左官業を営む栗山譲二に傭われ、注文取り、現場での手伝をして日当二、〇〇〇円を得て月二〇日から二五日稼働していたことが認められ、一ケ月平均二二日稼働するとして、症状固定に至る迄の休業損害を算出すると、

2,000円×22×19+(2,000円×22×20/80)=865,333円

(2)  後遺症による逸失利益 四、〇九一、七三三円

原告は昭和一一年六月三〇日生(〔証拠略〕により認められる)前記病状固定当時三五才右後遺障害のため労働能力の四五%を喪失した。そして〔証拠略〕によれば、原告には前記右下肢弛緩麻痺のほか両上肢にも弛緩麻痺の障害があつたが、前記後遺症により自力による階段の昇降、重い物を持つことは不可能となり、又独り歩きも困難となつたことが認められ、将来前記程度の就労すら望むことはできず、前記割合の労働能力の喪失は稼働可能期間の六三才迄二八年間継続するものと認めざるを得ないから、ホフマン式計算法により中間利息を控除しその喪失利益を算定すれば四、〇九一、七三三円となる。

44,000円×12×45/100×17.2211=4,091,733円

(四)  慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

前記傷害の程度、入院期間、後遺症を考慮すると、原告請求通り認めるのが相当である。

四  被告等より看護料として五三二、八一八円が支払われたことは当事者間に争がなく、前記損害額合計九、二〇〇、二三二円に加算すると九、七三三、〇五〇円となり前記認定の割合の原告の過失を斟酌すると六、八一三、一三五円となるから、之より前記填補額五三二、八一八円を控除すると、その損害額は六、二八〇、三一七円となる。

五  弁護士費用

事件の難易、請求額、認容額を考慮すると被告等に負担させるべき弁護士費用は六二〇、〇〇〇円とするのが相当である。

六  以上の次第で原告の本訴請求は金六、九〇〇、三一七円及び弁護士費用を除く内金六、二八〇、三一七円に対する被告会社に対しては訴状送達の日の翌日であること記録上明かである同四七年六月二日以降、被告金子に対しては同様同四七年七月一日以降右各完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当であるから之を棄却することとし、訴訟費用負担については民事訴訟法第九二条、第九三条、第八九条、仮執行宣言については同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松浦豊久)

別紙図面

〈省略〉

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